抹茶と和菓子

不昧公の茶の湯の世界が今に息づく。

抹茶と和菓子

 水の都、松江に和菓子が伝わったのは江戸期のことで、外国から伝来し全国の城下町へと広まり百品以上の和菓子がつくられたのが、松江和菓子の歴史の始まりです。松平不昧公が松江藩の藩主であった時代に、裕福商人たちなどにより不昧公好みの「山川」や「若草」、「菜種の里」など、多くの和菓子が愛されました。
不昧公は茶の湯の名人でも知られ、「不昧流」というお茶の文化をこの城下町松江に発展させました。和菓子の歴史は一度途絶えていましたが、風流人たちによる取り組みで復元しました。
一九八九年には松江で「第二十一回全国菓子大博覧会」が開催され、松江の数多くの和菓子が有名になりました。現在は京都、金沢に並び「菓子処松江」として茶の湯の習慣が今も暮らしに続いています

茶の町松江のルーツ 不昧公 七代松江藩主 松平治郷

イメージ:七代松江藩主 松平治郷松江藩七代藩主であった松平治郷(不昧公)は、江戸時代後期の大名茶人として知られています。藩の財政を立て直すことに力を入れる一方で、茶人としての才能も一流だった不昧公は、自ら「不昧流」茶道を大成します。
不昧公は、茶会に用いた和菓子の数々を記録に残しており、その中のいくつかは「不昧公好み」と呼ばれて、今でも松江を代表するお菓子として親しまれています。不昧公の茶人としての活躍が、松江の茶の湯の文化を根付かせるきっかけになりました。

銘茶・銘菓 老舗めぐり

写真:銘茶・銘菓 老舗めぐり(1)

松江は古くからお茶和菓子の分化が発展し、天神町寺町付近には、お抹茶・和菓子のお店が五つ点在しており、付近を散策しながら老舗の味を楽しめます。

期間 2月1日(水)~2月28日(火)
場所 松江市天神町寺町付近
お問い合わせ 松江不昧公好老舗会 0852-24-0057
松江不昧公好老舗会ウェブサイト
写真:彩雲堂
彩雲堂 明治七年、天神町に創業。依頼百三十余年、菓子の味覚に関して厳しい顧客の多い土地柄といわれる松江を中心に、島根・鳥取のほか、大阪の百貨店など十五店舗の直営店を展開。不昧公お好みの銘菓「若草」は、初代山口善右衛門が明治中期に茶人の伝承をもとに再生復元したもので、今では松江の代表銘菓として広く知られている。
彩雲堂ウェブサイト
写真:桂月堂
桂月堂 文化六年(千八百九年)創業。二百年をこえる歴史を誇る老舗。あんと求肥にこだわり、吟味の上に吟味した品しか使わないとのこと。大納言小豆は、人が目で選別した「人選び」の極上品を使用。大表銘菓はこだわりの蜜漬大納言を使った「薄小倉」。落雁と粒小豆入りの羊羹、そして求肥の三層重ねた「出雲三昧」。
桂月堂ウェブサイト
写真:中村茶舗
中村茶舗 創業明治十七年、初代中村文吉が宇治の茶問屋中村藤吉本店から分家し、松江に開業したのがその始まり。文吉は茶の鑑定の名人として有名。さらに、日本初の電動で「抹茶」をひく臼を発明した人物としても大変良く知られている。開業以来、その初代の精神と伝統を受け継ぎ松江では老舗としてまず名が挙がる店。
中村茶舗ウェブサイト
写真:三英堂
三英堂 不昧公が命名の上、和歌にも詠まれている松江三大銘菓のひとつ「菜種の里」は三英堂の初代故岡栄三郎が昭和四年に復活させたもの。あざやかな黄色の落雁製で、一面に咲く菜種畑に白い蝶が舞う様を表した風雅な和菓子。
三英堂ウェブサイト
写真:風流堂
風流堂 明治二十三年内藤竹次郎が松江市和多見町で創業。明治の末年不昧公お好みのうち随一と称されながら途絶えていた「山川」を復活し、後に日本三銘菓のひとつと称されるまでに名を高めた。不昧公好みの「山川」は、食すと口の中でサラリと溶け、ほどよい甘味がお抹茶とぴったり合うといわれている。
風流堂ウェブサイト

松江おちらとあるき

老舗和菓子店を巡って肩肘はらない松江流のお茶文化にふれてみませんか。当地ならではの「かま割(割子+釜揚げ)」そばを頂きます。松江の文化を詰め込んだ、松江満足コースです。

松江おちらとあるき

催行 毎日10時~
時間 約150分(昼食時間含む)
料金 お一人様1,500円(食まつりチケットご利用いただけます)
集合 松江おちらとあるき観光案内所(JR松江駅北口)
コース 賣布神社⇒寺町散策⇒三英堂または風流堂⇒中村茶舗⇒松本蕎麦店ほか ※昼食メニューは「かま割」